「世界中の人々が人生の選択を自ら決定できる社会」をビジョンに、東南アジアなどでの学校建設や、国内の特別養子縁組事業を行う公益財団法人ミダス財団(以下、ミダス財団)。チーフインパクトオフィサー・山添真喜子さんは、財団の社会的インパクトを可視化し、マネジメントするという前例の少ない役割を担いながら、インパクトレポートの発行や子ども支援事業を主導してきました。山添さんにミダス財団の活動や、2026年の展望を聞きました。
◆プロフィール
公益財団法人ミダス財団
チーフインパクトオフィサー
山添 真喜子(やまぞえ・まきこ)氏
米コロンビア大学行政学(環境政策)修士課程修了。ITコンサルティングファーム、監査法人、国際環境コンサルファームで経験を積み、大学院留学後に三菱総合研究所に入社。10年以上サステナビリティ経営を専門とするコンサルタントとして活躍。その傍らインパクト投資や社会的インパクト測定・マネジメント(IMM)に関する知見・スキルを深め、2025年1月よりミダス財団へチーフインパクトオフィサーとして参画。急性白血病に罹患した経験があり、治療後寛解を維持。仕事・育児・治療の両立についての著書「経営コンサルタントでワーキングマザーの私ががんにかかったら」(東洋経済新報社)を有し、東洋経済オンライン等での情報発信を続けている。行政学修士。
香港留学で見た深刻な公害 環境コンサルの道へ
――最初に、これまでのキャリアについて教えてください。
山添
高校時代をアメリカで過ごした後、ICU(国際基督教大学)に進学しました。香港大学に交換留学したときに、環境問題に関心を持ちました。きっかけは、香港が中国に返還される直前のタイミングだったこともありミニマムな規制の中で企業が自由に活動した結果、深刻な公害に直面していたことに衝撃を受けたことでした。当時は大気汚染がひどくて、ハードコンタクトを装着すると目が真っ赤に充血してしまうような状況でした。
帰国後に環境会計を専門とする先生と出会ったことも大きかったです。環境会計とは、企業活動を通じて生じた環境負荷を可視化して管理する仕組みです。本当は環境経営関連の仕事に就きたかったのですが、当時はそういったポジション自体がほぼ存在しなく、ITコンサルや米国公認会計士の資格を通じて監査の仕事で経験を積み、3社目でやっと環境経営コンサルタントの仕事に就きました。20代後半のときです。
大学院留学後に三菱総合研究所に入り、サステナビリティ経営を専門としたコンサルタントとして活動しつつインパクトマネジメント(社会・環境に与えるインパクトの向上を目指すこと)のチームを立ち上げ、金融機関や投資家と議論させていただき知見を深めました。
――インパクトマネジメントに早くから注目してきました。
山添
企業が経済的リターンと社会的リターンを同時に生み出すことは、簡単ではありません。サステナビリティ経営コンサルとして企業を支援する中で、利幅の小ささや、成果が出るまでの期間が長期であるがゆえに、社会的事業の継続が難しい場面を何度も見てきました。
そうした中、投資リターンとともに社会課題解決を創出する事業や企業への投資を行う、インパクト投資に出会います。2017年のことです。
インパクト投資を実践する多くの方にインタビューさせていただいたことをきっかけにネットワーキングが広がり、その方たちからの教えを基にインパクトの測定・マネジメントの知見を深めました。
財団初のインパクトレポートの意義とは
――2025年1月、ミダス財団にチーフインパクトオフィサーとして参画しました。
山添
「インパクトマネジメントの責任者を探しているので来ませんか?」とお声がけいただいたことがきっかけです。日本では、社会的インパクトを専門的にマネジメントする役職はほとんどありません。前例がないからこそ「面白そうだな」と思ったんです。
サステナビリティもそうですが、私が注目した時点では早すぎてそのテーマに関連した仕事がないんです(笑)。そうした意味ではパイオニアと言えるかもしれません。ミダス財団やミダスキャピタルという、ベンチャースピリットを持てる環境で新たな分野を開拓できる仕事が、自分に合っていると思い、転職を決めました。「誰も答えを持っていない問いに向き合えるかどうか」を基準に仕事を選んできた気がします。
――チーフインパクトオフィサーとして、どのような仕事をしていますか。
山添
2025年7月に財団初のインパクトレポートを公表しました。ミダス財団は東南アジア・南アジアでの学校・福祉施設の建設、国内では特別養子縁組事業や、子どもが多様な体験を享受できる社会の実現を目指すプラットフォーム「子どもの体験コンソーシアム」を立ち上げ運営しています。

それぞれの事業について「どんな社会課題を、どのような構造で捉えているのか」「その事業によって、どんな変化を生み出したいのか」を明確にし、その進捗や成果を測り、改善につなげるためのレポートです。
例えば特別養子縁組事業では、特別養子縁組を通じて家族となった子どもと養親の人数、生みの親や養親候補へのアウトリーチ人数などを公表しています。海外事業では「ミダススクール」に通う生徒や家族数なども公開しました。
数値測定は「インパクト・メジャーメント&マネジメント(IMM)」を通じて設定された指標を土台にしています。社会的インパクト最大化をうたう財団にとって、どのぐらい助成して何人を支援したという報告の数値だけでは、不十分だと感じています。そこで、どんな変化を起こしたかったのか、そのインパクト(=変化)はどのプロセスで生まれたのかを、ロジックに基づいて示すことが重要で、今回のレポートにも掲載しています。
――2026年のインパクトレポートはどのような方向性でしょうか。
山添
初年度の2025年は、海外の教育環境整備事業と特別養子縁組事業について、限定的ではありますが、実際に取得できたデータを掲載しました。ただ、分析までは踏み込めませんでした。2026年は自分たちが期待するだけのインパクトを出せたかどうか、インパクトデータの分析結果をご報告したいと考えています。なお、インパクトレポートは毎年出す予定です。

2026年は「子どもの体験に関する調査」に着手
――2025年秋に、子どもたちが多様な体験を享受できる社会実現を目指す「子どもの体験コンソーシアム」を設立しました。2026年はどんな活動を計画していますか。
山添
コンソーシアムは、ミダス財団が事務局になり、子ども支援に取り組むNPO法人や、教育学・心理学などを専門とする研究者らと、課題を共有し協働します。
2025年実施した東大の学生ボランティアとの共同プログラミングイベントで、「若者世代との交流」と「興味関心を持っていたことの体験」の2つの要素が子どもにポジティブな影響を与える上で重要であることを学びましたので、2026年は、子どもたちに向けて水泳大会のバックヤードツアーや、ボクシング観戦といったアスリートとの交流イベントを開催する予定です。その他にはコンソーシアムの会員組織との勉強会、調査研究も行う予定です。
――調査研究の内容はどのようなものですか。
山添
15歳から25歳の若者を対象に、約5,000人規模の調査を予定しています。子ども時代の体験を振り返ってもらい、現在の非認知能力とどう結びついているのかを多面的に分析します。
調査結果は、コンソーシアムのメンバーに共有し、実践やアドボカシー活動のエビデンスとして活用していきます。いきなり大規模なデータを蓄積するのではなく、「何を、どのように測るべきか」を整理するための前段階として位置づけています。
ミダス財団のアドバイザーであるお茶の水女子大学の浜野隆教授とのディスカッションを通じて丁寧に調査設計を進めています。浜野教授は文部科学省委託の「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」の研究代表として、家庭と学力・非認知能力の関係を分析されています。
子どもの体験に関して、同様の調査はありますが、自然体験や読書、お手伝いといった切り口が多く、個人的には少し腹落ちがしません。なぜなら、体験の「側面」が見えてこないからです。
同じ体験をしても背景はさまざまです。自分からやりたいと言って参加したのか、大人に勧められて参加したのか。ひとりで挑戦したのか、仲間と一緒だったのか。目標があったのか、自由だったのか。そうした「体験の側面」を捉えなければ、本当の意味での影響は分からないのではと思っています。ですから今回の調査には「側面」を調査項目に入れ込む予定です。
前述の通り、昨年の取り組みを通じて、子どもや若者にとっては「体験の内容」だけでなく、「誰と出会うか」が非常に重要だと分かってきました。例えば、東大生と一緒にプログラミングを学ぶ場では、学習内容そのものと同じくらい、人との出会いが大きな影響を与えていました。

ひとり親家庭の子ども支援も視野
――ミダスキャピタルとの相互扶助を感じる場面はありますか。
山添
ミダスキャピタルの投資先企業群である、株式会社Xpotentialからは特別養子縁組事業の相談員の方の育成研修、株式会社AViCにはデジタルマーケティングのサポートを受けています。
また、投資先企業が支援が必要なご家庭へ食糧支援などを申し出てくださることがあります。最近ですと、投資先のマリンフード株式会社と認定NPO法人D×Pさんが連携して、ユースセンターへの食品寄付を実施してくださいました。ミダス財団が間に入ることで、支援者を直接募集したり、パートナーとなり得るNPO法人のデータベースから支援先を探したりすることができます。より的確にサポートが必要なご家庭に支援を届けることができると考えています。
――今後、注力したい事業は何でしょうか。
山添
ミダス財団は、毎年新たな領域の社会的事業に取り組み、支援の幅を広げています。そうした中で、ひとり親家庭で育つ子どもの支援に関心を持っています。
シングルマザー世帯の貧困には、さまざまな要因が絡んでいます。例えば女性の就労問題など、何らかの理由で一人になっても子どもを育てられるような社会環境が整備されていないことが一因です。就労の前段階である教育におけるジェンダーギャップも関係しています。また、離婚後に支払われない養育費の回収問題もある。事業が立ち上がったら私も大きく関わりたいです。
――山添さんは急性白血病に罹患された経験があり、がんと仕事の両立について発信を続けています。病気を経てどのような変化がありましたか。
山添
「いつ再発するか分からない」という感覚があるので、「本当にやりたいことをやるべき」という考えになりました。環境の変化を前向きに捉えることは、若いときから変わっていないですね。20代で環境関連の仕事を探していたときに、エージェントから「米国公認会計士の資格があるなら、もっと待遇がいい仕事があるのに」と言われました。
でも、この年齢になって振り返ると、信念を貫いてキャリアを積んできてよかったなと思います。履歴書にもストーリーがありますから。最近はAIに仕事をとられるという話も聞きますが、私は前例のない仕事を常にしていますので、AIにとって代わられる仕事はしていないと考えています。まだ誰も答えを持っていない仕事をするのは楽しいです。いまの20代の方にもそうしたことを伝えたいですね。
――ありがとうございました。