企業が成長する上で、「ダイバーシティ」はもはや欠かせない視点です。ただ、スタートアップ企業は同じ理念を持った経営陣が事業を大きくしてきたという側面もあり、バッググラウンドの異なる人、特に海外人材を採用しづらいという課題があります。そこでミダスキャピタルは2022年5月に、株式会社Paidy チーフマーケティング・オフィサー(CMO)のコバリ・クレチマーリ・シルビア氏をゲストに招き、投資先経営幹部向けにオンライン勉強会を開催しました。
◆プロフィール
株式会社Paidy チーフマーケティング・オフィサー(CMO)
コバリ・クレチマーリ・シルビア氏
東京とニューヨークを拠点に、Fortune 500及び日系大手企業の事業戦略・マーケティング戦略を電通、EYやNetflixにて手掛けて来た。東京大学卒、Ashridge Hult MBA。
海外人材にとっての働きやすさは「やりがい」「責任」「透明性」
シルビア氏はハンガリー出身。東京大学を卒業後、日本で就職。その後、日系、外資系企業など数社を経験し、19年にPaidyに入社しました。「これまでアフリカ以外の5大陸で仕事をしてきました。欧州、米国、アジアなど、さまざまなビジネスの視点を持っていると自分でも感じています」と話します。
「過去の経験から気づいたのは、外国人にとっての働きやすさとは、やりがいのある課題があること、そして責任を与えられる環境であるということ。特に欧米系の人は、責任を持つことにやりがいを感じる人が多いのです。受け身の立場で、言われたことを指示通りにやるために、わざわざ遠い国にはやってきません。単にダイバーシティ化するためだけに、会社の都合でなんとなく海外人材を採用するのは止めるべきでしょう。
プロセスや組織に透明性があることも重要です。特に日本人ばかりのチームは『暗黙の了解』で全てが進むことが多い。黙っていても物事が進むのはラクかもしれませんが、透明性がないと外からは入りにくいのです」
日本のマーケットを狙い、世界中からさまざまな企業が進出しています。そんな中で、「日本人だけで、日本でビジネスするには限界がある」とシルビア氏。「海外の人材や資金などのリソースをうまく味方につければ、企業はもっと成長できる」と説きました。
シルビア氏の考える「海外人材が働きやすい企業」の条件。「日本は自然や街が美しく、食べ物がおいしい。安全に暮らせるのも、外国人にとって大きな魅力です」
多様性は「目的ではなく手段」
ダイバーシティはこの数年日本でも注目されており、政府をあげて取り組みが加速しています。しかし「手段と目的を間違えてはいけない」とシルビア氏は警鐘を鳴らします。
「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は、イノベーションのための単なる手段です。Paidyの創業者のひとりで現会長はカナダ人。従業員も世界30カ国以上から集まっているので、メディアからは『六本木のシリコンバレー』と呼ばれています。そのような環境で私が念頭に置いているのは『自分の常識は隣の非常識かもしれない』ということ。
全員が同じ常識を持っていたら物事は早いスピードで進められますが、新しいアイデアは生まれにくくなります。でもチームの一人ひとりが自分の常識を疑うことで、お互いに刺激が生まれ、それがイノベーションの種になります。D&Iのためではなく、イノベーションのために世界各国から人を集めた。その結果、今のPaidyがあるのです」
シルビア氏はさらに「多様化とは、必ずしも国際化することではない」と続けます。「バッググラウンドが異なる人を集め、それによって新しい価値をつくることこそが多様化の最大のメリット」だからです。この考えを、シルビアさんは採用にも生かしています。
「Paidy入社後、ある重要なポジションに採用したのはソフトウェアや金融、さらにスタートアップでの経験もない人でした。そのため、社内からは心配の声も上がりました。でも私は、彼ならきっと最大のパフォーマンスをしてくれると信じていました。
その理由は、広告代理店で営業をやっていたという彼のバックグラウンドにありました。私が求めていたのはクライアントと交渉する力があってプロジェクトマネジメントにも長け、さらにそのバランスが取れる人。彼の持つ能力を横展開してもらえれば、私たちのビジネスに必ず価値を生んでくれるはずだと確信しました。
その後も何人ものメンバーを採用しましたが、ひとりとして金融、ソフトウェア、スタートアップの経験はありません。でも今はこのチームが組織の中心にあります」
目指すのは「竹の強さ、しなやかさ」
マネジメントに必要な柔軟性とは
グローバル展開に向けて、スタートアップ企業から相談を受けることも多いというシルビア氏。「マネジメントが男性中心で日本人だけなので、海外人材を入れるべきか」「社内公用語を英語にすべきか」などの具体的な質問が上がるようですが、「マインドセットさえ明確であれば、そこからアクションが次々と発生していく」とアドバイスします。
「まずはリーダーシップ。人をまとめる能力がなければ、バッググラウンドが違う人どうしを集めてもゴチャゴチャになるだけで終わってしまう可能性があります。綺麗事で終わらず、戦略の軸になるパーパスがあることも大事です。
最後にプロダクトやサービス。ある特定の消費者層をターゲットにするのは一つの戦略ですが、私たちが目指すのはユニバーサルデザイン。Paidyは20歳にとっても80歳にとっても使いやすいサービスでありたいのです。ターゲットを絞りすぎないこともスケール化成功の秘訣だと思います」
シルビア氏が重視している「マインドセットのための5つのレイヤー」
こうした土台があった上で、「忘れてはならないのが、柔軟性を持つこと」だとシルビア氏は続けます。
「世界は不安定で、戦争のためにサプライチェーンが崩れたり、原料や材料高に悩んだりすることもあります。そこでいかに早く修正できるか。海外のプレイヤーと渡り合うためにはこれが重要になってきます。
柔軟性は日本人が得意とするところ。昔から『竹はたくましく、しなやか』と言われていますが、まさにこの竹のように、単に方向性を変えるのではなく、芯を持ってしなやかに動くことが次につながっていくのです」
「居心地の良い場所」を抜け出すために、多様な人材で組織に刺激を
不安定な状況にある世の中で、今安定している組織を変えていくのはなかなか難しいこと。シルビア氏も「人間はどうしても居心地の良い場所にいたいもの」と指摘します。
「フラットになっていく世界の中で、勝負しなければならないのは隣の人、隣のサービスではなく、世界の人や世界のサービスです。コンフォートゾーンから出ていかなければ、そこに世界中から人が入っていきます。能動的にアクションをとることで、世界が広がります。
解決策は、なにも海外に進出するということだけではありません。先ほども述べた通り、バッググラウンドが異なる多様な人材を入れること。そうした人材が組織の刺激になり、新しい世界が広がります。それもコンフォートゾーンから抜け出す一つのきっかけになるのです」
参加者からシルビア氏への質問の一部を紹介します。
Q.リファラル採用だと似たような人材ばかりが集まってしまう。「全く異なる人材」と出会う秘訣は?
A.私はリファラル採用は一切行っていません。自分のバッググラウンドに近い人もあえて入れません。全く異なる人を選ぶことで、私にとっての学びも増えるからです。異なる人と巡り会うため、ヘッドハンターから紹介してもらったり、会社に直接コンタクトをとったりして何百人もの人に直接会いました。重視するのは、経歴よりマインドとクリティカルシンキング。この人がこの会社でどう成長するかというのを見極める能力がマネジメント層にとって重要だと思います。
Q.バッググラウンドの異なる人が経営陣に入り、結果的に作用しなかった場合はどうしたらいいのか?
A.どんなに優秀な人材でも文化的に合わないということもあります。その仕事、環境に合わないまま働くのは、相手にとっても苦しいはず。辞めてもらうという選択肢もあるかもしれません。他の部署で新しいチャンスを作ってあげてもいいですし、外部のセミナーで学んできてもらうという方法もあります。