「時価総額でいうと、2024年までに1兆円。2030年までに10兆円。イメージとしては今のソフトバンクグループですね。さらに、2040年には100兆円に到達したいと思っているんです。こちらはGAFAレベルでしょうか。この時には、ニュースを見る側から“つくる側”になっていることでしょう」
目標について問うと、吉村英毅は目を輝かせてこう答えた。
ここでいう時価総額とは1つの企業グループではなく、ビジネスモデルの異なる企業が集結する‟企業群”でのことを指す。彼はPE(プライベートエクイティ)ファンドを運用するミダスキャピタルの代表パートナーなのだ。
PEファンドといえば、ある程度、企業価値を高めたのち、売却するという流れが一般的とされる。なぜ長期的なスパンで、こんなに壮大な目標が立てられるのか、立てるのかと疑問に感じた読者もいるだろう。
その疑問を吉村の話に耳を傾けながら、じっくりと紐解いていきたい。
前例のないPEファンドが挑んだ「BuySell Technologies」の企業群参画、そしてIPO
「一社一社がそれぞれ単独で数十兆円のビジネス規模を目指していくのは現実的にかなり難しい。それぞれ独立にマネジメントされているが、筆頭株主は同一グループからなる一つの企業群として、深い相互扶助をしながら大きなビジョンに向かっていくのが一番いいのでは」
2017年に創業したミダスキャピタルの特徴は“ミダスキャピタルメンバー”のみが出資する権利を持つこと。外部投資家の声や期限に縛られることなく、壮大な目標に向かって邁進できるのが最大のメリットだ。
「メンバーに起業家や実業家、テクノロジー人材が参画しているのも、PEファンドとしては異色ですね。ファイナンスやコンサルタント出身者だけでなく、実際にビジネスをゼロからつくったり、グロースさせた経験を持つ人に深く関わってもらうことが企業群の本質的な成長につながると睨んだのです」
ミダスキャピタルの投資1号案件は、BuySell Technologies(バイセルテクノロジーズ)。出張訪問買取サービス「バイセル」を展開する企業である。
「当時の自分にとってはこの投資はマックスベット、つまり大きな賭けでした。実際、企業群への参画後は想像以上にさまざまな困難が降りかかりました。
もともと『バイセル』の事業は順調でした。しかし、サービスクオリティをさらに向上するとなると、訪問買取という形態上、なかなかハードルが高く。お客様のお宅に訪問する数百人のメンバーをどう教育していくのかが問われました。加えて、よくある話かもしれませんが、古参の役員と新任者との足並みを揃えるのにも一苦労で」
IPOに向けた準備においては、証券会社とのやりとりに難航した。一般的なPEファンドと違うミダスキャピタルがどのような成長路線を築いていけるのか。前例のない中で、より具体的に描くことが実現への鍵となったからだ。
数々の困難を乗り越え、わずか2年半でBuySell Technologiesは東証マザーズに上場を果たした。上場後も株を60%以上保有し、経営に参画し続けている。
2021年9月現在、ミダスキャピタルでは約10本のファンドが走っており、保有株式の時価総額は1000億円に達しているという。
「ビジョン共感型ファンド」で中長期的な成長を
ミダスキャピタルが他のPEファンドと大きく異なる点がもう1つある。冒頭で触れた壮大な目標に加え、ミッション、ビジョン、バリューを掲げていることだ。
「私たちは、言うならば“ビジョン共感型ファンド”。期限の制約から解き放たれ、中長期で投資経営が行なわれていく企業群には、一同が共感できるビジョンが必要だと考えたんです」
ミッション、ビジョンはどちらも‟世界“というワードを組み入れながら、明晰なメッセージを放っている。どんな経緯でつくられたのだろうか。
「ミダスキャピタルのコアコンピタンスは優秀な人材のソーシング力、そしてテクノロジーです。今、当社のマネジメントメンバーには、PEファンドにしては珍しく技術力を有している人が多い。そう言った強みもあり、ZOZOテクノロジーズの前CTOである今村雅幸氏もBuySell Technologiesの取締役CTOとして参画頂きました。
ミッションを『傑出した才能と技術を集め、世界に新たな価値と景色をもたらす』と掲げたのには、こうした背景があります。ビジョンは『世界に冠たる企業群を創る』。この言葉通り、世界に影響を及ぼす巨大グループを、私たちはつくりたいんです」
バリューは3つ。最大限の挑戦をし、最速で限界を突破する「Maximize」、家族のように仲間を思い、頼り、助ける「Give」、高みにある目標までのプロセスを楽しむ「Enjoy」だ。
「ミダスキャピタルは一旦企業群へ参画いただいたら、半永久的にその企業の筆頭株主であり続けるため、ミダスキャピタルメンバーと投資先企業群の経営陣間の結びつきは強い。お互いの会社や企業群の成長を喜び合い、過程を楽しみながら共に高みを目指すべき。そのような考えを3つのバリューに示しました」
最大のコアコンピタンスである“人”をどう魅せていくか
インタビュー中、何度も「人材の重要性」を口にした吉村。東京大学在学中にエアトリの前身会社を立ち上げて以降、経営者として常に頭痛の種となっていたのが人の問題だった。
「エアトリでは、IPOを決意してから実現するまでに8年もの歳月がかかりました。理由はいくつかありますが『ビジネスは人』と言われる所以を、私自身が理解していなかったことがかなり起因していたと思います。紹介会社に頼りながら採用していたせいか、幹部メンバーが安定せず、6年の間にCFOが5~6回も変わっていたんです。
上場準備が前進したのは、幹部候補の採用活動を刷新してから。具体的には、対象を『既知の間柄、かつ業界内で活躍している人』に限定することにしました」
年収の上限をも取り払った‟本気の採用“に注力した結果、COOを経営コンサルタント出身者、CFOを複数のIPO審査に関わってきた公認会計士、CMOをYahoo!トラベル、Googleの旅行事業責任者に就任してもらうことに成功。組織全体が活性化し急成長を遂げたエアトリは、2016年には東証マザーズ上場を、そしてその翌年には東証1部への市場変更を実現させた。
「エアトリでの一連の経験で、人材の大切さを痛感しました。それまで気づいていなかった分、深く心に響きましたね。
このような経緯もあり、ミダスキャピタルの社員や投資先に紹介する経営幹部候補はすべてリファラル採用にしています」
2021年9月、吉村はオウンドメディア「ミダスタレント」を立ち上げた。ミダスキャピタルの投資先企業の代表や幹部の活躍ぶりをアピールすることで、新たな人材獲得や投資先企業の参入を促すのが目的だ。
ミダスキャピタルの最大のコアコンピタンスである人をどう魅せていくのか。吉村の新たな挑戦はまだ始まったばかりだ。
ビジネスで得た収益を、社会貢献活動へ。目標のその先にあるもの
社会に影響を及ぼすような起業家になりたい──吉村を奮い立たせたのは、ビル・ゲイツだった。彼が中学に入学した1995年、マイクロソフトはWindows95を発売し、世界中に旋風を巻き起こした。「どんな人がつくった会社なのだろう?」……調べてみると、ビル・ゲイツがハーバード大学中に起業した会社であることが分かった。
「それなら僕は東大だ。東大在学中に起業しよう」。その7年後、吉村はその夢を現実のものにした。
「私の実家は、130年以上続く食品メーカーを営んでおり、父は3代目の社長です。長男の私は後継者として育てられました。ですから、ビジネスに目を向くようになったのはごく自然な流れだったように思います。経営の大先輩である両親とは今でもよく仕事の話をしますね」
もともとは社会事業に関心があったという吉村。しかし歴史を紐解いてみると、ビジネスと社会貢献を本質的に両立させている企業は、グラミーングループなどほんの一部しか存在しない。そこで、彼がたどり着いたのは、財団を立ち上げることだった。
「会社が存在すること自体が社会貢献だという話もありますが、私自身はビジネスと社会貢献は分けて考えるのが健全だと考えていて。
ビジネスでは競争社会に打ち勝ちながら、収益を上げていく。その収益の一部を純然たる社会貢献活動に投下する。その方が人の役に立てるのでは、と」
ミダス財団は、2019年に設立。以来、東南アジアの教育支援を中心に活動している。
39歳にして、すでに一通りの経験と実績を積み上げてきた彼に、残りの人生、何に情熱を注いでいきたいかを問うてみた。その答えは実に清々しさを感じさせるものだった。
「最初にお話したように、企業群の時価総額を2024年までに1兆円、2030年までに10兆円、そして、2040年には100兆円に到達させる。
そして、ミダスキャピタルの拡大とともに、ミダス財団の活動資金を増やし、社会貢献活動を最大化していく。ビジネスで圧倒的なグロースを継続しながら、世界中の根本課題を財団を通じて一つ一つ解決していきたい。そういうことが出来たら、関わる人全員にとって有意義なチャレンジが続けられると思いますね」
2021年9月17日 Forbes CAREER に掲載
制作:Forbes CAREER 編集部
文・福嶋聡美 写真・小田駿一