オンリーワンの技術で社会問題を解決したい 介護の「2025年問題」に立ち向かうゼスト・伊藤由起子代表取締役会長

日本のこれからを考える上で、必ずと言っていいほど話題に上るのが「少子高齢化問題」。中でも深刻なのが、団塊世代と呼ばれる約800万人が75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」。介護の人手不足を不安視する声も多く挙がり、喫緊の課題として注目されています。これらの問題の解決の糸口として期待されているのが、在宅医療の訪問スケジュールを最適化するクラウドサービス「ZEST」です。このサービスが生まれた背景には、創業者であり“日本最初の女性プログラマー”と呼ばれる伊藤由起子さんの強い思いがありました。伊藤さんのこれまでの歩み、そしてミダスキャピタルとの出会いについて聞きました。

◆プロフィール

株式会社ゼスト 代表取締役会長
伊藤由起子(いとう・ゆきこ)氏

大学在学中に日本初の女性プログラマーとなる。25歳で起業。ソフトバンクの日次決算や訪問スケジュール自動化システムなど多数開発。2015年、500Startupsの日本法人第一号案件として第三者割当増資。2022年には、ミダスキャピタルなどから7.6億円を調達し、シリコンバレーでも反響が大きかった在宅医療業界向けプロダクトZESTの開発・販売強化を推進。同年、代表取締役会長に就任。

 

数学に飢えた大学時代。コンピュータへの憧れが人生を変えた

――伊藤さんは1980年代前半からプログラマーとして活躍されています。当時はまだ一般的ではなかったコンピュータにどんなきっかけで興味を持ったのでしょうか?

コンピュータに出会ったのは大学一年生の時。スペイン語を学ぶ学生だった私は、予習復習にタイプライターを使っていました。原文を打ってその下に翻訳をしていたのですが、打ち間違えると紙を巻き戻す作業などがあって、不便なんですよね。そんな時、コンピュータの専門学校に通っているという人と話したら「カーソルという便利なものがある」と聞かされて、本当にうらやましくて。

80年代はコンピュータはかなり高額で、自分で所有するものではありませんでした。専門的に学ぶ人以外は触れる機会がないと思っていましたが、この目で見てみたいと強く思いました。中高生時代は数学に夢中だったこともあり、数学的なものに飢えていたんです。その数ヶ月後、偶然「コンピュータの会社に勤めている」という人と知り合い、アルバイトを頼み込みました。キーパンチャーとして採用してもらえたので、その足でタイプライターの学校に入学。2週間飲まず食わずで練習して、かなりの速さと正確さでタッチタイピングができるようになりました。

コーディングシートを見ながら打っているうちに仕組みが分かり、自分にもできるのではないかと思い始めました。上に頼み込んでやらせてもらいながら勉強して、人が何年もかけて学ぶようなコーディングやフローチャートを数週間で書けるようになりました。

 

――アルバイトのつもりが、あっという間に戦力に。周囲も驚かれたのではないでしょうか。

当時は「女性にコンピュータを使った仕事なんて不可能だ」と言われていました。機械工学の知識がないと無理だと思われていたんです。電源だけでも、いくつものスイッチを手順通り入れなければ入らないような複雑なものだったので。正社員であっても半年は研修を受けてようやく使えるようになる人がほとんどでした。

バイト、しかも女性の私に教えようなんて思う人はいません。独学でやるしかなかったから、がんばれたんです。コンピュータに魅せられた私にとって、プログラマーは天職だと思いました。大学で過ごす時間がもったいなく感じ、退学してプログラミングに集中しようと決意しました。

 

女性が前に出にくかった時代。だから起業を決意した

――大学3年生で中退し、1984年にプログラマーとして就職。4年後には独立されています。当初から起業は頭にあったのでしょうか。

起業のきっかけは「女性がプログラマーとして表に出るのが難しい」と感じたから。当時は男女雇用機会均等法もない時代。取引先は理工学部を出ているような男性技術者が出てくるのを期待しているのに、女性が担当するなんてあり得なかったんです。だから、表に出ている男性社員から間接的に聞いた顧客の要望を想像しながらプログラミングしていたので、もどかしい思いでした。私の能力は技術にあるので、それを顧客に役立てたい。組織にいてできないのなら、ひとりでやろうと思いました。25歳のときです。

起業後に意識したのは「世の中にないものしか作らない」ということ。誰でも作れるものだったら、みんな男性に頼むんです。まだこの世にはなく、どうしても必要なものがどこかにあるはずだと思いました。私が手がけたもので名が知られているのは、まだ上場前のソフトバンクのために作った日次決算でしょうか。孫正義さんがテレビなどでよくお話しされているので、ご存じの方も多いかもしれません。経理の知識が全くない人でも入力するだけで間接費さえも配賦基準で自動的に按分され、仕訳もされて、経理伝票も会計伝票も出来上がるというシステムで、製品ごとの純利益が翌日に分かるというのは、35年前には画期的だったのです。

 

――日次決算は商品化を期待する声も大きかったそうですね。

最初から商品化はしないと決めていました。会社を大きくしたり人を増やしたりすることに興味がなかったから。そういうことは大手がやればいいんです。私は技術で世の中に貢献し続けるつもりでした。

 

「死ぬほど辛い」と言うエンジニアの言葉に、25歳の自分がオーバーラップした

――「商品化はしない」というこだわりからZESTに至るまでに、どんな経緯があったのでしょうか?

2003年に、ある企業向けに自動スケジューラーを開発したのが全ての始まりでした。これは職人やエンジニアが家庭や営業先に訪問する際に、時間の無駄なくスケジュールを組めるというもの。待機時間もなく、一日によりたくさんのお客さんに対応できます。クルマで移動する場合はガソリン代の節約にもなります。それから10年経った頃、全く異業種の2社から同時に「あのシステムを売ってほしい」と声をかけられ、驚きました。どうやら職人さんの間で「とても便利なシステムがある」と話題になっていたそうなんです。2003年にはGoogleマップもなく、カーナビも普及していませんでしたが、2013年になった今はもっといいソフトがあるのでは? そう思って探したら、市場には全くなかったんです。

さらに、実はこうしたシフトをエンジニアたちが苦心して組んでいると聞きました。現場の管理職がスケジュール作りに時間を取られ、過剰労働になっているというのです。中には鬱状態になった人もいると知りました。一流の技術があるのに、現場に出られないなんて。エンジニアとして生かされなかった25歳の自分が重なりました。

自動スケジューラーを商品化することで、救われる人が増えるかもしれない。これを世界中に届けたい。そう強く思いました。

 

――さまざまな業界に売っていた時期もあるそうですが、介護業界に絞った理由とは?

当時たった3人の会社だったので、いずれ一つの業種に絞らなければならないとは考えていました。このシステムに最も恩恵を受けると考えたのはどこか。浮上してきたのは、2025年問題が叫ばれる介護業界でした。

2025年問題の解決策は、政府を含めていまだ見出せていないと思います。でも、ZESTを使って人材を有効活用することで、今いる介護職の人数で足りるのではないかと考えています。介護には技術や相性の問題もあるため、「空いた時間に誰か行く」というわけには行きません。間違ったシフトを組めば、顧客離れや医療事故にもつながる恐れがあります。そのため、現場のトップが毎日2時間近くも時間と頭を使って複雑なシフトを組んでいたのです。それがZESTを使うとボタン一つ、たった5秒で解決します。微調整は必要ですが、5〜10分で済む程度。これまで何十時間もかけていたことが、かなり効率化されるのです。

 

自分が何を求めているのかを突き詰めれば、出会いはやってくる

――2022年7月には、ミダスキャピタルを筆頭に多くの個人投資家を引受先として約7.6億円の資金調達を実施しています。

私は経営のプロではありません。経営実務や組織づくり、販売網作りなどにプロの手が必要だと感じていました。実はこれまでも各所のピッチ大会で優勝を重ねていて、さまざまな方から声をかけられていました。そうした経緯でミダスキャピタル代表パートナーの吉村英毅さんとも出会いました。

吉村さんと、そしてミダスキャピタルと組みたいと思った理由は大きく3つあります。経営のプロとして力添えしてくれること。世界中に届けるためにも長期で投資してくれるパートナーであること。もっとも大きかったのは、カルチャーが一致していたことでした。

私の能力を世の中に生かしていきたいと思うように、全ての人がその能力を発揮できる世界になってほしい。不得意なことだらけでも、一つ輝けることがあればそれを生かして社会に還元したいと思える、そんな仲間を作りたい。それがZESTが目指していたところです。まさにミダスキャピタルは、これを言葉ではなく行動で表していました。出会ってから今に至るまで、ミダスキャピタルにかかわる方々に何度力を貸してもらったか分かりません。ここまでカルチャーマッチするところは本当に珍しいのです。

 

――さらなる躍進のために経営のプロに任せたいと考えたり、後継者問題で悩んだりしている企業も多いでしょう。信頼できるパートナーとの出会いは大きな一歩になりますね。

本当にそう思います。実は25歳で起業した時点で、「私には画商が必要だ」と思っていたんです。プログラマーの私が絵描きだとしたら、それを支えてくれる画商、つまり経営のプロということです。肩書きにはこだわらなかったので、途中で社長を交代したこともありました。でも何度も失敗してしまって……。

分かったのは、空からぼた餅が落ちてくるなんてあり得ないということ。私自身がずっと欲しているものがあって、それに妥協しなかったから、吉村さんに出会った時に前に進めたのだと思います。一方的に力を借りるのではなく、私もこれまで学んできたことを提供して、同じだけ力を出し合っていきたいと思います。

何をやりたいのか。それに加えて、どんな人に出会いたいのか。それを突き詰めて考えることも、起業家にとって重要な要素だと思います。

――ありがとうございました。

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