「2030年に100万人、2040年に一億人の人生にポジティブな影響を与える」というミッションのもと、東南アジアの貧困地域において小学校や孤児院を建設するほか、国内の子ども食堂への支援などを行っているミダス財団。長年社会課題に取り組むエキスパートとして、2024年1月にミダス財団にジョインした玉川氏の思いについて伺いました。
◆プロフィール
ミダス財団 事業統括
玉川絵里
2012年東京大学法学部を卒業し、同年三菱総合研究所入社。『イノベーションによる解決が期待される社会課題一覧(日・英)』(2022年、三菱総合研究所)や、『「共領域」からの新・戦略 イノベーションは社会実装で結実する』(2021年12月、ダイヤモンド社)などの発信実績をもつ。2024年1月よりミダス財団に事業統括として従事。
三菱総研で社会課題に取り組んできた研究員
――長年、社会課題の解決に従事されてきたと伺いました。ミダス財団に入る前は、どのような活動をされていたのですか?
ミダス財団に入るまでの12年間は、三菱総合研究所(以下、三菱総研)というシンクタンクの研究員でした。2017年からの6年間は、「未来共創イニシアティブ(ICF)」という会員制プラットフォームに事務局として関わってきました。
このプラットフォームは、ビジネスを通じて社会課題を解決することを目的とし、スタートアップ、大企業、政府や自治体、大学などから集まった参加者と連携し、社会課題解決に向けたビジネスを立ち上げる仕組みです。
役割のなかで大きかったのは、「社会課題リスト」(正式名称:「イノベーションによる解決が期待される社会課題リスト」)の作成です。特に2019年版以降は、メインで執筆と編集を担当してきました。
このリストは、民間企業がビジネスとして取り組める社会課題を議論する際のベースとなるものです。ウェルネス、水・食料、エネルギー・環境、モビリティ、防災・インフラ、教育・人財育成の6つの分野における社会課題に焦点を当て、毎年、インパクトや解決策、技術や規制のトレンドなどを整理しています。
そのため、単に社会課題を羅列させているだけではなく、ビジネスで解決可能な社会課題に絞り込んでいるのが特徴です。もちろん私だけの知識では不十分ですので、社内外の専門家と協力して、広範な社会課題について情報収集してきました。
――そこで得たものは何だったのでしょうか?
三菱総研では「社会課題リスト」を執筆するために、膨大なリサーチやヒアリングを行ってきました。そのおかげで様々な課題がどのように絡み合っているかについて、幅広く深く理解できるようになったと思います。
社会課題のインパクトは様々な観点から捉えられます。例えば、影響を受ける人の数、その影響の深刻度、命に関わる度合いなど、グラデーションが存在しているんです。
また、社会課題はお互いに複雑な絡み合いを持っていることが多い。こうした複雑な問題を解決するためには、問題を丁寧に分解し、本質的な問題解決に着手できる部分から対処していくことが重要です。
今後も学び続けていく必要がありますが、三菱総研での経験を通じて幅広い視野で社会課題を捉えることができ、これは今後のミダス財団での活動に必ず役立つと思っています。
人生をかけて、ミダス財団に転職
――ミダス財団との出会いを教えてください。
三菱総研では、解決に向けて取り組めそうな社会課題でも事業化にいたらず、もどかしい思いをすることがありました。
というのも、三菱総研での私のミッションは、民間企業が利益を上げながら、社会課題が解決される仕組みを作ることだったからです。つまり、ある程度の規模で利益を生み出す見込みが立たなければ事業化できません。
ご縁があって都内の児童養護施設で半年ほど実習させていただいたこともあり、社会的養護を必要とする子どもたちのための事業をできないだろうか、しかしこの分野では「利益を上げながら」事業を運営することは非常に難しいだろうな、とも思っていました。
そんななか、去年の夏にミダス財団からオファーをいただきました。話を聞く中で、ミダス財団の仕組みに非常に興味を持ちました。
ミダス財団は、ミダスキャピタルの収益の10%に加え、毎年吉村代表の個人資産の一部が寄付される仕組みになっています。ミダス財団なら財源が長期的に安定しているため、民間企業では対応が難しいような営利性のない社会課題にも取り組めるのです。三菱総研では社会貢献活動を行う団体にも多く関わってきましたが、これほど強い経済基盤がある組織はほとんどありません。
これまでの事業では数十万円や数百万円の出費についても社内での様々な調整や手続きが必要で、時間がかかってしまうこともありました。ところがミダス財団なら、自分がある程度の裁量を持って素早く必要なところに資金を投入できる。しかも、ミダスキャピタルの投資先企業群が持っている知識を活用できるという仕組みにも魅力を感じました。
私が今後の人生で、今まで培ってきた知見や能力を使って、社会課題解決による社会インパクトを最大化させる方法を考えたとき、ミダス財団が最適だと思いました。ミダス財団に残りの人生すべてをかけてみようと決意し、転職しました。
――ミダス財団の業務は、具体的にはどのようなものですか?
ミダス財団の事業統括として、一番大きなミッションは、国内での新しい事業の立ち上げです。
以前は、どの社会課題に取り組むか比較して議論するような体制がなく、視察等を通じて「確かにここは支援が必要だ」と担当者が感じたら、そこに適切な支援をするという流れでした。
でも、現在は違います。さまざまな観点から議論を重ね、取り組む社会課題を決定し、そのあとは、その周りを取り巻く社会問題を洗い出し、海外との比較調査や先進的な国の取り組みの文献調査などを行っています。
――取り組む社会課題を決定するために、どのような議論をしているのでしょうか。
まず議論をするために、外部の専門家やミダス関係者にもご協力いただいて、ミダス財団が取り組むべき「社会課題のリスト」を作成しました。
日本国内の様々な社会課題を洗い出し、長期的に安定した財源をもつ民間財団という立場だからこそ取り組むべき社会課題を抽出しています。
なかには、すでに他の誰かがやっていて、この流れでいけばいつか解決できるだろうという社会課題もあります。一方で、今のままでは、きっとこの問題は何年も解決されないままだろうという社会課題もあります。そのなかでも、ミダス財団が今取り組んだら、きっと解決できるだろうという社会問題は優先度が高くなります。
また、政府が政策や制度によって解決することが適している課題もあります。しかし政府だけに頼っていては時間がかかり、困っている人々を救えない場合もありますよね。こうした課題でも、ミダス財団のような民間組織が行政と協力して取り組むことで解決できる課題に関しては、候補の対象になります。
さらに議論のキーワードとなったのは、その問題を解決することが社会全体に対してどれだけインパクトをもたらし得るのかという「社会インパクトの大きさ」です。それは同時に、投資対効果を最大にしたいということでもあります。
ミダス財団の財源は、ミダスキャピタル投資先企業群の従業員皆さんの働きからもたらされる大切な収益の10%をいただいているので、決して無駄使いはできません。同じ金額を使うなら、それが少しでも大きな社会インパクトを持つように、本質的な社会課題解決につながる事業を行いたいのです。
「子どもの福祉」というのも、ミダス財団の活動において重要なキーワードです。これまで、小学校や孤児院の建設、子ども食堂の支援、貧困等の社会課題に取り組んでいる支援団体へのマスクや消毒ジェルの寄付など、子どもたちの福祉向上につながる活動をしてきたことから、ミダス財団の軸にしていきたいという思いもあります。
ミダス財団の目指す未来
――ミダス財団の強みはどのようなところだと思いますか?
ミダス財団は「投資対効果の高さ」に誇りを持っています。入ってくる資金を一円たりとも無駄にしないように、投資対効果を最大化しながら、社会インパクトを最大化させ、最速で結果を出していくのが、ミダス財団の特徴です。
たとえば、ベトナムでの学校建設プロジェクトでは、世界銀行が行った類似のプロジェクトと比較して10分の1程度のコストで完成させているんです。これは、ミダス財団がプロジェクトマネジメントを内製し、施工業者等とのやり取りを直接行ったからこそ実現しました。
今後も、「ミダス財団は最も効果的に資本を使って社会課題を解決してくれる団体」として認知されていくように取り組んでいきたいと思っています。
――ミダス財団が思い描く未来を教えてください。
例えば、10年後や20年後、ミダス財団が大きな報告会を開催しているとしましょう。
その会には、ミダス財団の取り組みをきっかけに人生がより豊かになったと感じている人々が集まっている。また、ミダスキャピタル投資先企業群の経営者や従業員の皆さんも参加し、自分たちの収益の一部が社会に還元されていることを実感し、努力が報われたと喜んでいる。さらに、NPOや行政機関などで社会課題解決に取り組んでいる人たちも集まり「ミダス財団が業界に参入してから、働きやすくなった」と語っている。これが私の思い描いている未来の光景です。
ミダス財団のミッションである「2030年に100万人、2040年に一億人の人生にポジティブな影響を与える」という目標を達成させるためには、困っている当事者だけでなく、課題解決に取り組む人たちの労働環境を改善することは絶対に必要です。
日本国内で非常に重要な社会課題に取り組んでいるNPOや社会福祉法人などの業界は平均給与がほかの業界に比べて低く、やりがい搾取の問題が起きやすい状況です。彼らが社会に提供する価値は非常に大きいにもかかわらず、サステナブルとは言えない労働環境で働かなければならないのは納得できないですよね。支援者が健康かつ幸福に長期間安定して働き続けてくれることは、支援を受ける側にとっても非常に重要なことです。
ミダス財団は、NPO等と連携することで、社会課題解決に取り組む人たちが社会的な価値を提供しながら十分な報酬を得て、充実した生活を送れる環境を作りたいと考えています。これがうまくいけば、より多くの社会課題を解決できるはずです。
ミダス財団の活動をご紹介する【ミダス財団が見据える未来】のシリーズもぜひご覧ください。
第1回:少年期の夢が世界を変えるきっかけをつくった 吉村英毅代表理事インタビュー
第2回:吉村英毅代表理事インタビュー
第3回:貧困の連鎖を断ち切るために持続的な支援を チャン・バン・ミン理事インタビュー
第4回:ビジネスは社会貢献活動に通じる チャン・バン・ミン理事インタビュー
第5回:ベトナムの小学校で感じた「大切なこと」久山貴久氏インタビュー
第6回:財団の活動が狭くなりがちな視野を広げてくれた 久山貴久氏インタビュー